ヨットレース未経験者・初心者向けのルール基礎編です。
大型艇から一人乗りまで艇種を問わず、世界共通のヨットレースのルールブックを「RRS」(Racing Rules of Sailing)と言います。ネットで参照できれば良いのですが、残念ながらルールブックは有料(日本セーリング連盟>ルールブックの入手方法)です。無料で参照できる英語版(RRS2021-2024)や古い情報(RRS 2005-2008)の邦訳の条文を掲載しているサイトで雰囲気を知ることは可能です。VRに慣れてきたら、ぜひ一度購入してお目通し下さい。
VRのルールも、このRRSに準じて簡略化された「VRRS(英文・PDF)」というものが一応文書化されています。しかしRRSの複雑さゆえに、アプリの不完全なルールエンジンには常に修正・追加実装が試みられている様子で、RRS・VRRSとは整合しない、おかしな判定も見受けられます。VRというeスポーツにおいては、このルールエンジン(アプリ)による判定が絶対です。
またルールや競技以前に、船乗りとして「安全第一・接触回避・シーマンシップ」という最重要マナーがあります。ヨットレースは決して「体当たりゲーム」ではありません。バーチャルであっても、特にその点はまず念頭に置かないと、リアルセーラーには嫌われるかもしれません。参考までにVRには実装されていませんが、RRSの第1章1条1項を以下に引用します。繰り返しますが「安全第一 / Safety First」です。
第1章 基本規則
RRS原文
1安全
1.1 危険な状態にあるものを助けること
艇または競技者は、危険な状態にある人員または船舶を、可能な限り救助しなければならない。
複雑で奥が深いヨットレースのルールですが、このページでは「とりあえずバーチャルレガッタで遊んでみたい・楽しみたい」という、ヨットレース初心者のために、正確さや詳細さを犠牲にして、なるべくわかりやすい、VRに特化した簡略なご説明に終始していることを、予めご了承下さい。
緑色を航路権艇、赤色を非航路権艇(避けるべき艇・接触した場合ペナルティを受ける艇)で図示します。
10 反対タックの場合
RRS原文
艇が反対タックの場合、ポートタック艇が、スターボードタック艇を避けていなければならない。
右舷から風を受けている(左舷側に帆を張り出している)艇をスターボード艇、左舷から風を受けている艇をポート艇、と呼びます。「反対タック」とは、異なる側舷から風を受けているという意味です。これが11~12条より優先される権利関係です。
難しく書いていますが単純に「風上に向かって右側優先」です。
11 同一タックでオーバーラップしている場合
RRS原文
艇が同一タックでオーバーラップしている場合、風上艇が、風下艇を避けていなければならない。
「同一タックで」とは、10条が適用されないポート艇同士・スターボ艇同士という意味です。同じ舷側に帆が張り出している艇同士、と言い換えることもできます。
「オーバーラップ」とは、並走状態と判定される、正確には先行艇の後端線より、後続艇の先端が前に出ており、前後関係が重なっている状態であることを指します。
「風下艇」とは、風向に対して低いという意味ではなく、風を受けている側舷とは反対側舷=帆が張り出している側が、下(しも)です。
通常は風下艇の方が、風上艇に風を奪われて不利なので、ルール上はバランスを取るために有利に保護されています。
12 同一タックでオーバーラップしていない場合
RRS原文
艇が同一タックでオーバーラップしていない場合、クリア・アスターン艇が、クリア・アヘッド艇を避けていなければならない。
10条も11条も適用されない場合、自動車と同じで、追突する側に回避義務があります。
「クリア・アスターン」とは、先行艇に追いついていない後続艇、「クリア・アヘッド」とは、後続艇に追いつかれていない先行艇、という意味で、11条の「オーバーラップ」の対義語です。
13 タッキング中
RRS原文
艇は、風位を越えた後クロースホールドのコースとなるまでは、他艇を避けていなければならない。この間、規則10,11および12は適用しない。2艇が同時にこの制限に従わなければならない場合には、ポート側にいる艇、または後方にいる艇が、避けていなければならない。
10~12条の権利艇でもタック中(真風位を越えてから、次のクローズに旋回するまで)は権利を喪失します。タック中同士の場合は、左側が弱いです。
なお、ジャイブ(風下に向かうタック反転)には、13条の適用はありません。ジャイブはブームが艇の中心線を超える瞬間的に、開始と同時に完了するため、「ジャイブ中」という概念がRRSには定義されていないためです。
18 マークルーム
RRS原文
18.1 規則18を適用する場合
(略)
18.2 マークルームを与えること
(a) 複数の艇がオーバーラップしている場合、外側艇は内側艇にマークルームを与えなければならない。ただし、規則18.2(b)を適用する場合を除く。
(b) 複数の艇がオーバーラップしていて、先頭艇がゾーンに到達した場合には、その時点での外側艇は、それ以降、内側艇にマークルームを与え続けなければならない。
艇がゾーンに到達した時にクリア・アヘッドであった場合には、その時点でのクリア・アスターン艇は、それ以降、クリア・アヘッドであった艇にマークルームを与えなければならない。
(c)(略)
(d)(略)
(e)(略)
18.3 マークに近づく場合のタッキング
(後略)
回航マークの半径3艇身のサークル範囲内、VRでは点線で表示されている円を「マークゾーン」または単に「ゾーン」と言います。
基本は「ゾーン外縁に先に触れた方、ただし入る瞬間に重なっていればイン側が優先」が、回航中=ゾーンを退出するまで継続します。
このルールが無いと、マークゾーンではタックやラップ変化、回避行動のための急な進路変更等で権利関係が変動しやすく、選手も審判も判定が困難ですし、密集した艇同士が接触する危険も非常に高いです。このため、ゾーンでの回航動作に入る前に、誰が優先なのかを明確にして、ゾーン内では優先艇を明確に固定するために、このマークルーム・ルールが存在しています。
もう少し詳しく書くと、12条のようにオーバーラップせずにゾーンに入った場合は、先行艇(クリア・アヘッド艇)が優先で、ゾーン内で後続艇が新たにラップしても、先行艇の優先権は変わりません。
11条のようにオーバーラップ状態で、いずれかの艇がゾーン外縁に触れた場合は、イン側艇に優先権があります。内側艇はマークに触れずに回るために必要最小限な「ルーム=水」を外側艇に要求できる、という言い方をします。
ゾーンに入る瞬間=いずれかの艇が点線の外縁に触れる瞬間に、ラップする/しないで権利関係が逆転することが多く、ラップ切りのタイトな攻防が発生します。
ゾーンに入ってしまえば、権利艇は次レグを考えながら最短で回航する操艇に集中し、非権利艇は、先行艇または内側艇を全力で回避する操艇に集中します。
上マークでは別タックの場合は18条は成立せず、スターボ艇(10条)が優先されますが、下マークではポートスターボ関係なく18条(内側またはクリアアスターン優先)が成立します。
この18条マークルーム・ルールは、主に権利の濫用を防ぐため枝番も多い非常に長く複雑な条文となっており、リアルなヨットレースでも抗議・調停の種になりやすいです。4年ごとのRRS改正でも、加筆・修正がよく行われています。
VRのルールエンジンでも、しばしば誤判定・疑義のある判定が下され、改修も多いように見受けられます。正直、筆者もあまり自信が無いところなので、ここでは初心者向けの基礎的な部分説明だけに留めさせて下さい。
15 航路権の取得
RRS原文
艇が航路権を取得する場合、相手艇に対し、初めに避けているためのルームを与えなければならない。ただし、相手艇の行動により航路権を取得する場合を除く。
VRIにおいては急なタック(サドンタック)で10条スターボ権利を得た場合に、スターボ艇が負ける場合が稀にあります。艇種にもよりますがタック完了後、概ね1~2秒程度に15条が有効です。
なおVRにおいてはジャイブで15条は発生しません。
またプリスタートなどではクリアアスターンから下にオーバーラップして11条権利を取得した直後に当てに行くと、15条を取られることもあります、
16 コース変更
RRS原文
16.1 航路権艇がコースを変更する場合、相手艇に対して避けているためのルームを与えなければならない。
16.2 更に、スタート信号後、ポートタック艇が、スターボードタック艇の後方を通過するように避けている場合、スターボードタック艇は、ポートタック艇が引き続き避けているために直ちにコース変更が必要となるようなコース変更をしてはならない。
10条スターボ権利艇や、11条風下権利艇が、避けようとしている非権利艇に故意に(当てる方向に舵を切りながら)妨害する行為は著しくシーマンシップに欠けるルール違反です。
スタボー艇の後端に避けようとしているポート艇に、スターボ艇が故意にベアダウンして当てに行く16条違反は、VRでは判定されないことが多く、故意に濫用する人も多い海賊行為のため、世界のVRコミュニティで糾弾・排除されることがあります。
ただしVRにおける16条は、ごく限られた状況下でしか判定されないので、「何でもあり」のチームレースなどでは、この16条を回避するために「当たる瞬間は、ティラーボタンから手を離す」などVR特有の操作も存在しています。
17 同一タックでのプロパー・コース
RRS原文
クリア・アスターン艇が、同一タックの相手艇の風下に、自艇の2艇身以内にオーバーラップした場合には、両艇が同一タックで2艇身以内の間隔でオーバーラップが続いている間、その風下艇はプロパー・コースより風上を帆走してはならない。ただし、その風下艇がプロパー・コースより風上を帆走しても、直ちに相手艇の後方となる場合は除く。この規則は、風上艇が規則13により避けている必要がある間にオーバーラップした場合には、適用しない。
「クリア・アスターン艇」とは12条でも既出のとおり先行艇に追いついていない後続艇のことです。「プロパー(最適な)コース」とは「できるだけ早くフィニッシュするためのコース」と定義されています。
これは主に下りレグやリーチングレグで無用なラフィングマッチ(上し合い)を防ぐためのルールです。
17条が適用されない状況としては以下があります。
①「ただし、その風下艇がプロパー・コースより風上を帆走しても、直ちに相手艇の後方となる場合は除く」とは、下艇が上した場合にラップが切れるのであれば下艇は上せると言い換えられます。
②「風上艇が規則13により避けている~」の条文は、先行艇の上受けタック中に後続艇が下に差し込んだ場合などを想定しています。
③後続艇が風上側に追いついた場合、17条は適用されず下艇は上すことができます。
④スタート号砲前はプロパーコースが存在しないので、17条は一切適用されません。
14 接触の回避
RRS原文
艇は、常識的に可能な場合には、他艇との接触を回避しなければならない。
(後略)
このルールはVRでは未実装です。ですが、前述のとおり多くのリアルセーラーには「安全第一・接触回避」という当然の操艇感覚・反射神経が染みついているため、バーチャルでヨットレースを始めた人の「体当たり」にマナー違反・嫌悪感を感じる人が多いです。シーマンシップは大切にしましょう。
69.1(a) プロテスト委員会による処置
RRS原文
(前略)競技者が、規則またはグッド・マナーもしくはスポーツマンシップの重大な違反を犯したか、またはセーリング・スポーツの名誉を傷つけたと考えられる場合、審問を召集することができる。(後略)
実際のヨットレースにおいても、陸上のクラブハウスやハーバーでの暴言や侮辱、故意による物品や施設の汚損など、著しいマナー違反があった場合、この69条違反を根拠にレース順位がや参加資格が剥奪される場合があります。
バーチャルレガッタ上で行われる各国の大会でも一部、チャット等での荒らしや暴言、運営妨害やレース中の海賊行為に、69条を適用する大会もあるようです。
20 障害物においてタックするためのルーム
20.1 声をかけることと応じること
障害物に近づいている場合、クロースホールドまたはそれ以上風上に向かって帆走している艇は、タックするためのルームを求めて声をかけることで、同一タックの他艇を回避することができる。(後略)
RRS原文
VRIでは、F50とAC75などでは、コースエリアを制限する左右端「バウンダリ」があります。このバウンダリを20条の障害物と同様に取り扱い、バウンダリから3艇身以内の「バウンダリゾーン」では、コース内側(後続)艇は外側(先行)艇のタックやジャイブを阻んではいけません。外側艇がバウンダリに入った時点からゾーンを出るまで、先にゾーンに入った外側艇が、タック中であろうとポートであろうと優先されます
なお、VRではマークタッチやリコールの判定が「マークやスタートラインに艇体の一部が僅かにでも触れたら」なのに対して、バウンダリのコースアウト(OUT)ペナルティは「艇の中心が、バウンダリラインの太さの中心を超えたら」課せられます。つまりバウンダリラインの内側半分まで重なることができますので、場合によってはギリギリまでバウンダリ線の中心まで攻めることがあります。
21 スタートの誤り、ペナルティーの履行、後進
RRS原文
21.1(略)
21.2(略)
21.3 セールを逆に張って後進している艇は、そうでない艇を避けていなければならない。
スタート前や、上マークを回り損ねて風位に向かって止まってしまった艇が、更に風に流されて後退を始めると、その時点で全ての権利を失います。なお、この21.3条のみが、VRRS上は22.3条として定義・実装されています。
31 マークとの接触
RRS原文
レース中、艇は、スタート前のスタート・マーク、帆走中のコースのレグの起点、境界または末端となるマーク、またはフィニッシュした後のフィニッシュ・マークと接触してはならない。
一番わかりやすいルールで、回航マークや、スタート/フィニッシュ時の運営艇には、少しも触れてはなりません。
ただしVRに限って言えば、フィニッシュのマーク・運営艇で31条を取られても、ペナルティで徐々に減速し始める前にフィニッシュを通過できるため、ほとんどおとがめなしです。
VRでは減速ペナルティを履行中に他のペナルティを重複して取られることはありません。またペナルティ解消直後(約1秒間)に権利艇に当てられた場合は、1秒だけのペナルティ延長で済みます。これを悪用してペナルティ解消直前の艇が故意にマークタッチしながら小回りすることを防ぐために、31条だけは新たに9秒間のペナルティを取られます。
みっちゃんご質問ありがとうございます&お返事遅くなりすみません。
適用されます。
本サイトの下りレグの攻防>フィニッシュラインの攻防に解説していますので、どうぞご参照下さい。
https://jvric.gamewiki.jp/legdown/#13