ヨット部に入ってから、私はしばらくスナイプクルーをやっていた。レースのときやスタート練習のときは、上級生スキッパーに「スタート数分前からチョクチョク残り時間を報告して。1分前からは秒読みよろしく」と頼まれた。強風の日には「声小さい!」だとか「えっ!? 何秒だって!?」などと、新人セーラーだった私としては少し縮みあがってしまうくらいの怖さ(のちにそれが優しさであることに気づく)で言われた。私がクルーだった当時、所属していた部では予算の都合か知らないが、セーリングタイマーを搭載していなかった。自分の腕時計を見ながら秒読みするのだが、電波時計である自分の腕時計と、本船で用意された時計がずれていることが多々あった。そのズレを気にしつつ、なるべく腕時計を見ないで数えていると、声に出している秒数と腕時計がズレてくる。そのとき腕時計と本船時計がズレていると、秒読みの修正に時間がかかる。そうしてしばし口をモゴモゴさせていると上級生スキッパーから「今何秒?!」と鬼気迫る勢いで聞かれたりする。こうなったら、毎秒のように腕時計に視線をやって、ズレないように丁寧に秒読みしよう、と思ってそうすると今度は「時計ばっかり見てないで、周りを見たりジブトリムとかに集中して!」と言われる。ヨットを始めたての頃は先輩の教えることがおおむね正しいと思っていたから、スキッパーは自分で秒数を数えることはなく操船だけに集中し、クルーは秒読みに神経をとがらせつつ操船にも集中するのが、最もすぐれた役割分担の仕方で、2人乗りディンギー界の一般常識なのだ、とそのときは思っていた。でも今考えてみたら、その分担方法が必ずしも良い方法ではないとはっきりわかる。クルーとスキッパーが同等の力量であればクルーに秒読みを任せるのがベターかもしれない。でもスキッパーが上級生でクルーが新人、といった組み合わせなら、スキッパーが秒読みするか2人とも秒読みせず各自腕時計をチラチラ見るかして、クルーの負担を減らしたほうがいい気がする。この、どっちが秒読みするか問題をサクっと解決してくれるのがセーリングタイマーやらキッチンタイマーだ。タイマーをつけるだけで、艇内の雰囲気はよくなり、スタートの質もかなりあがると思うので、おすすめだ。というかマストアイテムだ。私がいた部では、タイマーはマストにつけていた。
ブログの結論が「セーリングタイマー最高だぜ絶対つけようぜ」だとあまりにもひねりがなく、「そんなん知ってます、あたりまえ」と言われるのがオチだ。だから私はそんなタイマー常習者の方たちのために提案してみたい。タイマーを外してみないか、と。タイマーを外すことで、スタートがどれだけ難しくなるのか、あるいはタイマーがなくても問題ないくらい上達しているのか、など、何かに気づけるかもしれない。もしそれでタイマーのありがたみがわかったら、タイマーをもっと大切に管理するようになるだろう。いっそのことコンパスもためしに外してみてはどうか。便利な道具は、失わないとその便利さに気づかないものだ。また、失ってみれば、案外なくても大丈夫であることに気づくだろう。
忘れかけていたがここはバーチャルレガッタ講座のwikiなので、VRIの話を書いておこう。そもそも今回のテーマは、VRIがきっかけとなり選ばれた。今年最初のeSail GPがあった。私は画面に海とヨットしか映らないスタイルでeSWCシーズン2に参戦しているので今回のチャレンジもはじめのうちは同じスタイルで臨んだのだが、まったくうまくいかなかった。時計の類をいっさい見ないでは、F50のリーチングスタートをばっちり決められなかった。前半戦の成績がよくなかったのはスタートのせいだけではなく、度重なるマークタッチ、コース外しなど純粋に下手だったせいもあった。途中からゲーム外の時計を見てもいいようにしたが、ゲーム内タイマーと秒の刻みが微妙にズレたり、時計ばかり見るようになったりと、逆効果だったような気がした。そこでいっそのことスタート前まではゲーム内タイマーを見て、ちゃっかり風速計等も見るという、ただのノーヘルプスタイルを採用したところ、スタートミスが圧倒的に減った。他のミスもなぜか減り、点数が伸びた。私はそれをすべてタイマーのおかげだったと勘違いしようとしている。これからもタイマーや時計を使わない練習を続けるが、大事な場面ではタイマーを恥ずかしげもなく使っていくつもりだ。
Protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.
まだコメントがありません。